エレキテルで知られる平賀源内が福内鬼外(ふくうちきがい)の筆名で書いた人形浄瑠璃。歌舞伎となり、近年は「頓兵衛住家(とんべえすみか)」の場だけの上演となっていた。今回は、中村吉右衛門(きちえもん)が大正4年、初代吉右衛門が勤めた「由良兵庫之助新邸(ゆらひょうごのすけしんやしき)」の場(2幕)を復活。「頓兵衛住家」(4幕)を含め、100年以上も上演されなかった「東海道焼餅坂」(序幕)と「生麦村道念庵室(どうねんあんじつ)」(3幕)の場を加え、4場の通し上演に。
南北朝時代。足利尊氏に敗れた新田義興(よしおき)の係累たちの悲劇。4幕だけで演じられてきた新田側、足利側の悲惨、攻防が鮮明に浮かび出た。義興の遺児・徳寿丸を守護し、新田家再興を図る遺臣・南瀬六郎(みなせのろくろう)(中村又五郎)の忠義心を見せる序幕。2幕は、この場だけ登場の吉右衛門が兵庫之助で、新田家への忠義を内に秘めた悲愴(ひそう)な腹芸を見せる。足利側に寝返ったと見せかけ、兵庫之助は六郎から徳寿丸を奪うと、首をはねる。「実ハ」につながるその件(くだり)が見どころだ。熊谷陣屋(くまがいじんや)を彷彿(ほうふつ)とさせる場、吉右衛門の慟哭(どうこく)にニヒルなすごみが漂う。中村歌六(かろく)がこの場、足利の判宮として胸がすく慈愛の名台詞(めいぜりふ)を兵庫之助に浴びせる。
3幕は義興弟、義岑(よしみね)(中村歌昇(かしょう))と傾城(けいせい)うてな(中村米吉)が比翼でかわいい落人ぶり。4幕。2人を殺そうとする歌六=頓兵衛の所作万端ににじむ悪態。娘・お舟(中村芝雀(しばじゃく))が義岑恋しの一念から瀕死(ひんし)で太鼓を打つ櫓(やぐら)のお七風が見せる。幕切れに義興の霊(中村錦之助)。26日まで、東京・隼町の国立劇場。(劇評家 石井啓夫)