浪速風

「あさが来た」で脚光の五代友厚が現代にいたら

大阪企業家ミュージアムの常設展示の最初に紹介されている五代友厚=大阪市中央区
大阪企業家ミュージアムの常設展示の最初に紹介されている五代友厚=大阪市中央区

NHKの朝の連続テレビ小説「あさが来た」で五代友厚(1835~85年)が異彩を放っている。薩摩藩士で遣英使節団の一員として欧州各地を視察。維新後は実業家に転身して、堂島米商会所、大阪株式取引所、大阪商法会議所などを設立し、大阪経済の基盤を築いた。

▶維新早々の大阪は「一時期、人口も激減し、灯の消えた家と同然になった。その後の大阪は、建築でいえば補強や改造されたものではなく、ほとんど建てかえられた」(司馬遼太郎「大阪の原形」より)。それには、大阪経済を「まさに瓦解に及ばんとする萌(きざ)し」と危機感を抱いた五代の力も大きい。

▶五代は明治の元勲・大久保利通の盟友であり、仲違いしていた木戸孝允、板垣退助との和議を整え、立憲政体という国家のグランドデザインを描いた大阪会議を根回しした。今、大阪ではダブル選が行われている。維新vs非維新の対立で、現代の大阪会議はまるで機能しない。五代がいたら…と思う。