湯浅博 全体主義と闘った思想家

独立不羈の男・河合栄治郎(4)東大紛争

前年から続く東大安田講堂の占拠事件で、封鎖解除のため警視庁機動隊が動員され放水が行われた=昭和44年1月18日(本社ヘリから)
前年から続く東大安田講堂の占拠事件で、封鎖解除のため警視庁機動隊が動員され放水が行われた=昭和44年1月18日(本社ヘリから)

(毎週土日に掲載します)

「迷えるソクラテス」退場

 大河内一男といえば、東京大学総長時代の昭和39(1964)年3月の卒業式で「太った豚より痩せたソクラテスになれ」と訓示したとして有名になった。自由主義者、河合栄治郎の直弟子だけあって、大河内は19世紀英国の思想家J・S・ミルの有名な一節を引用しようともくろんだのだろうか。

 実際には、予定稿のこの部分を飛ばして読んだといわれている。何を躊躇(ちゅうちょ)したものかは分からない。だが、大河内が『自由論』のミルを語るのは、概してふさわしいとはいえなかった。

 大河内は戦前の講師時代に、東京帝大を放逐された恩師、河合を裏切ったうえ、ミルとは対極にあるマルクスの資本論を巧みに体系化した経済学者である。「70年安保」前のこの時、東大総長になっていた大河内は、東大紛争への対処では迷えるソクラテスであった。

 河合-大河内という師弟関係の顛末(てんまつ)は、平成25(2013)年春、東京・初台の新国立劇場で演じられた福田善之作品『長い墓標の列』を通して概観できる。演出家の宮田慶子は、河合を揺るがぬ知性として「どれだけ自分が孤立無援でも、こうなんじゃないのと意見を言った人があの時代にはいたんだということに、今とても勇気をもらえます」と称賛している(新国立劇場の対談)。

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