湯浅博 全体主義と闘った思想家

独立不羈の男・河合栄治郎(3)若き助教授の反論

 その翌日、学生たちは腹いせに高坂の研究室を襲撃してゲバ棒を振るった。破壊された室内を見た高坂は「卑怯(ひきょう)千万!」と嘆いた(産経新聞大阪社会部編『さらば、革命世代』)。

 皮肉だったのは、戦後進歩的文化人の代表格である坂本の師、丸山眞男であった。丸山は「60年安保」闘争に影響を与えたイデオローグだが、70年のこの時は、逆に学生たちから徹底的に批判されていく。=敬称略(特別記者 湯浅博)

 独立不羈(どくりつふき)束縛や制約を受けずに自分の意思に従って自由に行動する。「羈」は馬のたづなの意味。

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