衝撃事件の核心

尼崎事件「戦慄の暴力装置」李被告 丸太緊縛、頭踏みつけ、虐待発案…「反省と謝罪と供養」法廷でみせた涙は真実か 

 皆吉初代さん=同(59)=の場合、大阪市内のパチンコ店の駐車場で、車内に座っていた皆吉さんの頭を激しく揺さぶって急性硬膜下血腫で意識不明にさせ、死亡させた。

 衰弱させて殺害した皆吉さんの長女、仲島茉莉子さん=同(26)=の監禁では、物置内を監視するモニターの設置を提案。死亡直前には頭を踏みつけて暴行した。

 角田家の借金返済のため、沖縄県のがけから転落死を装って殺されたとされる角田久芳さん=同(51)=に対しては、飛び降りの際に「はよせな」などとせかし、転落を迫った。

高校球児、メーカーに就職も…

 「暴力装置」はいかにして生み出されたのか。

 李被告は韓国籍の母親のもと、尼崎市内で生まれ育った。小学校低学年の頃から野球を始め、高校時代には香川県内の強豪校に進学し、恵まれた体格で活躍した。愛知県内の高校に転校したが、野球は続け、アルバイトで生活費を稼ぐ傍ら、野球部で主将を務めたという。

 高校卒業後は、大手鉄鋼メーカーに就職。決して裕福な家庭ではなかったが、順風な人生を歩んでいた。しかし、母親と義父が李被告の名義で借金を作っており、取り立てが勤め先にまで及ぶようになったことから、転機を迎えた。

 やむなく会社を辞めると、暴力団に所属。背中に入れ墨を彫り、運転手や事務所番を務めた。時には人をさらい、集団で暴行することもあったとされる。

 一度は〝裏社会〟に足を踏み入れたが、それでも立ち直るきっかけを見つけていた。平成13年、中学時代の先輩だった女性と結婚。このことがきっかけで暴力団から足を洗った。子供も生まれ、ささやかだが幸せな家庭を築いた。

会員限定記事会員サービス詳細