足利の浄因寺を地元を住民調査 新たに全景版木や木っ端仏像

 ■31日から北郷公民館で報告展

 足利市の古寺で県名勝地の行道山浄因寺(足利市月谷町)について、地元住民が地道な調査を続け、毎年、報告展を開いている。発掘した「行道山みくじ版木」が市文化財になった実績もあり、運慶作の仏像など埋もれた史料の発掘にも期待がかかる。今年の報告展は31日と11月1日、北郷公民館(同市利保町)で開かれ、新たに見つかった版木、木っ端仏像などを初公開する。(川岸等)

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 同寺は奈良時代、高僧・行基の開山で、関東の高野山と呼ばれるほど修行僧でにぎわった。室町時代、禅僧・夢想疎石(むそうそせき)の「夢中問答集」を出版し、江戸時代には浮世絵師・葛飾北斎が複数の作品に描いた。明治19(1886)年の大火で山門や倉庫などを除く主要建造物とともに運慶作の仏像など貴重な所蔵物が焼失したとされるが、詳細は不明だ。

 5年前から住職不在となり、残された資料の盗難、散逸が懸念され、総代会(金井初太郎責任総代)を中心に地元住民が建造物を管理。調査も始めた。

 4年前、倉庫内で江戸後期の同みくじ版木、昨年は大火を免れた熊野堂から木造の彫刻や神像など見つけた。今年春は境内でイノシシの荒らした跡から中世の板碑が出土。今月初めには岸壁にある地蔵堂から、端材を使った高さ20センチ前後の木っ端仏像45体や石像、絵馬など確認し、地蔵堂は明治の大火を免れていたことも判明した。

 相次ぐ新発見に「運慶作の仏像も大火を免れ、残っていたとしたら…」。関係者の期待も高まる。

 版木(縦33センチ、横48センチ)は江戸時代の同寺全景とその周辺を描いており、大火で焼失前の本堂などを確認できる。文化2(1805)年、地元出身の住職・実門(じつもん)和尚の代に製作された。

 檀家(だんか)で郷土史家の中島太郎さん(52)は「行道山は未解明な部分が多く、貴重な資料が埋もれている可能性が高い。今後、市などに働きかけ本格調査につなげたい」と話している。