政界徒然草

古賀切りでポスト安倍の最右翼に立った岸田外相 「政治をリアルに考える」を信条に宏池会をどう導くのか…

 安倍首相はこの頃、総裁選を楽観視していた節がある。9月4日に日帰りで大阪に出向き、民放番組に出演する予定を組むほどの余裕だった。

 ところが同日、事態は風雲急を告げた。「野田氏が推薦人20人をほぼ確保したらしい」との情報が一気に永田町を駆けめぐったのだ。

 岸田氏の顔色が変わった。ただちに派閥幹部を招集し、野田氏の推薦人になりそうなメンバーを個別に説得する。週末となった5、6両日を含め、幹部と手分けをして「いま自民党は結束することが大事だ。総裁選にしてはならない。安保法制を通すためにもだ」との電話攻勢をかけた。

 総裁選告示前日の7日には、昼間に臨時の派閥例会を開くと、夜は再び都内の料理店に全議員を対象にした会合を開催した。多数のマスコミが集まる中、議員1人1人が店に入るところをあえて見せた。こうした成果もあって、一時は1桁台後半とみられていた「野田氏側」の議員は次々と翻意し、夜の会合に顔を見せなかったのは、古賀氏の元秘書の議員ら数人にとどまった。

 岸田氏と安倍首相は平成5年の衆院選初当選の同期だ。清和会(現細田派)、宏池会と所属派閥こそ違うが、塩崎恭久、根本匠両氏らとともに社会保障の勉強会を開くなど、交流は長い。安倍、岸田、塩崎、根本各氏らは若手時代、「7人の侍」と自称し、共通のポスターを作成したこともある。

 だが、安倍、岸田両氏は盟友と呼ぶほどの関係にはなかった。それでもタカ派のイメージが強い首相は、ハト派の流れを組む岸田氏の堅実な能力を信頼し、あえて外相に抜擢した。ただ、政局や党内情勢に関しては突っ込んだやり取りをしたことはなく、今回の総裁選でも直接連絡を取ることはなかった。

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