話の肖像画プレミアム

石坂浩二(74)=俳優=「ウルトラQは映像見ずにナレーション」「ウルトラマンも途中までやった」

【話の肖像画プレミアム】石坂浩二(74)=俳優=「ウルトラQは映像見ずにナレーション」「ウルトラマンも途中までやった」
【話の肖像画プレミアム】石坂浩二(74)=俳優=「ウルトラQは映像見ずにナレーション」「ウルトラマンも途中までやった」
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大学の演劇部からテレビの世界に

 〈TBS「ありがとう」の好青年や映画「犬神家の一族」の金田一耕助、NHK「シルクロード」のナレーター、テレビ東京「開運!なんでも鑑定団」の司会者…。多方面で長く活躍を続けてきた。74歳の今、絵画、プラモデルなど、趣味の方面でも旺盛に活動を続けている〉

 生まれは東京・銀座で、実家は日本橋なんです。幼稚園に入る前から、芝居好きな祖母が、僕を浅草にしょっちゅう連れて行っていたんですね。榎本健一さんの軽演劇などですが、夢中で見ていました。

 その後、(昭和32年に)慶応義塾普通部(中学)に入学し、仲間と演劇部を作りました。本格的な活動は高校に上がってからです。そのころ、ラジオの民放局があちこちにできたんですが、番組制作が追いつかない。それで、先輩のつてで僕らも駆り出され、ラジオ番組の台本を書いたりしていました。

 〈慶応大学でも新演劇研究会に所属。舞台衣装を借りるため、演劇プロデューサーの吉田史子さんに会いにいったことが転機となった〉

 吉田さんに「貸す代わりに、あなたたち、次の私の芝居で通行人役をやって」と言われて、37年の「黒蜥蜴(とかげ)」にみんなで出たんです。水谷八重子さん(初代)と芥川比呂志さんが出演されていました。僕らの新演劇研究会は、慶応大在学中に芥川さんが設立したんです。「おお、君らもそうなのか」と、とても喜んでくださいました。