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70年余り置き去りにされた兵士たちの慟哭(どうこく)が聞こえるようだった-。第二次大戦の激戦地、ガダルカナル島(ソロモン諸島)。約2万1900人の日本軍将兵が命を落とし、今も約7千人分の遺骨が残されたままのこの地に、8月末から2週間にわたり滞在。日本軍が飛行場奪還のため密林内に切り開いた全長約35キロの迂回路(うかいろ)「丸山道」での民間団体の遺骨捜索・収集活動に同行した。(甘利慈)
雨で増水したルンガ川を渡り、密林内の急峻(きゅうしゅん)な崖を登る。足元の泥で何度も滑り落ちそうになった。
昭和17年10月、約3週間で急造された丸山道沿いのコロブブ地区。土中から骨片とともに眼鏡と万年筆が見つかった。「この万年筆で家族に手紙を書いたのだろうか」。わずか3センチほどの骨片が、急に人格を持つものに感じられた。
日が暮れると辺りは漆黒の闇に包まれる。兵士たちは発見を恐れて夜間に渡河や水の補給を行ったという。川岸から見上げた空には天の川がくっきりと浮かんでいた。絶望の中、日本へと続く空を見上げながら故郷を思ったに違いない。