正論

見過ごせぬ大学改革の副作用…「手術は成功したが患者は死んだ」となりはせぬか? 竹内洋(関大東京センター長)

 ≪ふりまわされる現場の教員≫

 さすがに、9月9日には経団連は産業界の大学への希望は、このような大臣通知と対極のものであると苦言を呈した。理工系であっても人文社会科学を学び、人文社会系であっても理数系の基礎的知識を身につけることが望ましい、と人文社会系軽視の大臣通知に警告を発するにいたった。

 こうした大学改革に現場の教員はふりまわされ、疲弊しているのが現状である。学部改組といわれて学部名を変更しても、中身はそんなに変えない、科目名を変えても実際の授業内容は以前とほとんど同じなど、「ふりをする」大学改革という適応策が生じてさえいる。スターリン時代の計画経済に対する現場の数合わせ的対応策に似たことがおこっているのである。改革教育官僚がイケイケどんどんで勢いづくぶん、現場には諦観のまじった「上に政策あれば、下に対策あり」式の対応さえひろがっている。

 さきほどふれたように、大学改革によって授業回数は確保されたが、日本の大学生の自主的学習時間はきわめて少なくなっている。形式ばかりこだわる官僚的大学改革の副作用ともいうべきものである。現場と対話する地道な大学改革になってほしいものである。

 パフォーマンスのような大学改革案が打ち出されつづければ、「手術は成功したが患者は死んだ」という言葉のように、大学改革は成功したが大学は死んだになってしまうのではあるまいか。(たけうち よう)

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