歴史事件簿

第2次ソロモン海戦(上) ガダルカナル奪還で早くも暗雲…空母撃沈、攻撃機は水上着水の悲惨

【歴史事件簿】第2次ソロモン海戦(上) ガダルカナル奪還で早くも暗雲…空母撃沈、攻撃機は水上着水の悲惨
【歴史事件簿】第2次ソロモン海戦(上) ガダルカナル奪還で早くも暗雲…空母撃沈、攻撃機は水上着水の悲惨
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 昭和17(1942)年8月、南太平洋上に連なるソロモン諸島の一角、ガダルカナル島をめぐり、アメリカを主力とする連合国軍と争奪戦を展開する日本軍は第1次ソロモン海戦に勝利するも部隊の上陸に失敗し、再び部隊を送るべく空母護衛下で兵を送る作戦に出た。ところが日本軍の低い情報収集能力と戦果の過大報告による目算の甘さが戦力投入の時期と数の判断を見誤らせ、多くの犠牲を出す。そして珊瑚海での失敗が再び…。

戦果の誤認

 8月上旬、ガダルカナル島に日本軍が少人数で飛行場を建設中のところを大部隊で急襲した連合国軍は難なく島を占領する。そして海兵隊や物資を続々と陸揚げして、飛行場の建設を急いだ。

 だが夜闇を突いて現れた日本の重巡洋艦群に、輸送船を護衛中の連合国の艦隊が全滅に近い打撃を被った影響で、輸送船は海兵隊だけを残して島から撤退。そこで物資の揚陸は滞る。

 一方、日本側も重巡艦隊の砲撃で輸送船に損害を与えられなかったが、たびたび空襲した航空隊からの報告を受けて、連合国軍の部隊や輸送船もほぼ撃退したと思い込んでしまう。

 その結果すぐに追い打ちをかけることなく、期間をしばし開けての8月25日までに島を奪回することを目標に、陸海軍は合同で作戦を行うことで決定する。

 当時、日本軍は連合国軍の残存兵力は2~3000人と見積もっていた。11日に連合国軍が日本軍の機材を使い飛行場の建設を進めているという報告に慌てふためき、一木清直大佐率いる900人を先遣隊に上陸させ、のちに2500人を増援する方向で作戦に移った。

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