家族 第5部 記憶色あせても(4)

「プラスに考える」 医師になった次女、父と患者重ね

 母に「病院に連れて行った方がいいんじゃない」と進言し、父が若年性認知症と診断されたと聞いたのは大学1年の秋。父を案じた茜は、土日に試合の多いバスケットボール部をやめ、自宅に帰るようにした。

 だが、茜は家で、母の味方についた。

 「何を楽しそうに話しているんだ!」。母と茜の会話の内容が理解できず、すぐ怒鳴る父。いらだちから壁に頭を打ち付け、父の書斎の壁には穴が開いた。何より、介護する母に悪態をつくのが茜には許せなかった。「お母さんに当たらないで」。茜の言葉がきっかけで、父はさらに荒れた。

 「自分が帰ることで父が落ち着かなくなり、日常を壊しているのではないか」。次第に茜はこう感じるようになる。「今しかやれないことをやりなさい」という母の勧めで部活動を再開し、帰省する回数も減っていった。

 この頃、父が必死で茜の記憶をとどめようとしていたことは、後日、父の手帳に書かれた日記で知った。「成人の日なのに、アカネという字が思い出せない 苺? 茜? アカネ…」

「最後の2年に」

 今年4月。大学を卒業した茜は、医師としての研修先に、父が入居する施設に近い神奈川県内の病院を選んだ。医師や医療機関の少ない大学周辺の地域に骨を埋める覚悟だったが「研修の2年間は、ちゃんとした形で父と過ごせる最後になるかもしれない」との思いからだった。多忙な仕事の合間に、父の施設に通う。

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