さて、猿沢池では龍の伝説も興味深い。鎌倉時代の「古事談」によると、住んでいた龍神が采女の身投げで水が穢(けが)れたために春日山へ、ここも不浄となったので室生(奈良県宇陀市)へ移ったという。これは興福寺の勢力拡大を示すとされるが、猿沢池には雨を降らす神として信仰された龍の話がさらに伝わる。
鎌倉時代の「宇治拾遺物語」では、恵印という僧が「池より龍が昇る」という嘘の札をたてたところ大勢の人が集まり、本人もそう思い込んでしまうのだが、龍は現れずじまい…。芥川龍之介はこれをもとにした短編小説「龍」で本当に龍を天に昇らせたからおもしろい。奈良の古池は実にネタが尽きないのだ。(岩口利一)