安保改定の真実(8)完

岸信介の退陣 佐藤栄作との兄弟酒「ここで二人で死のう」 吉田茂と密かに決めた人事とは… 

 「兄さん、一杯やりましょうや」。佐藤は戸棚からブランデーを取り出し、グラスに注いだ。

 「兄さん、ここで2人で死のうじゃありませんか」

 佐藤がうっすらと涙を浮かべると岸はほほ笑んだ。

 「そうなれば2人で死んでもいいよ…」

 深夜になると、福田や官房長官の椎名悦三郎らが続々と官邸に集まってきた。

 ボーン、ボーン…。19日午前0時、官邸の時計が鳴った。福田や秘書官らは安堵の表情で「おめでとうございます」と声をかけたが、岸は硬い面持ちでうなずいただけだった。

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 自然承認といってもこれで条約が成立するわけではない。両政府が批准書を交換しなければならない。

 このため、「反対派が批准書強奪を企てている」という情報もあった。自民党副総裁の大野伴睦や総務会長の石井光次郎らは批准書交換を円滑に進めるため、岸に内閣声明で退陣を表明するよう求めた。

 福田は6月18日夜、東京・紀尾井町の赤坂プリンスホテルに出向き、大野らに「実は10日前にハワイで批准書交換を済ませている」と説明して納得させた。

 これは岸が思いついたうそだった。日本政府の批准書は、外相の藤山愛一郎が18日に東京・青山の親族宅で署名し、菓子折りに入れて運び出していた。

 批准書交換は23日に東京・芝白金の外相公邸で行われることになった。ここもデモ隊に包囲されるかもしれない。

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