「将来は立派な日本の軍隊にしようと、やっとここまで自衛隊を育ててきたんです。もしここで出動させれば、すべておしまいですよ。絶対にダメです!」
赤城は「そうだよな。まあ、おれが断ればいいよ」とうなずいた。それでも自衛隊の最高指揮官である首相が防衛庁長官を罷免して出動を命じたら断れない。防衛庁は万一に備え、第1師団司令部がある東京・練馬駐屯地にひそかに治安出動部隊を集結させた。
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6月15日、恐れていた事態が起きた。全学連主流派が率いる学生デモ隊が国会敷地内に突入して警察部隊と衝突、東大文学部4年の樺(かんば)美智子=当時(22)=が死亡したのだ。
樺の死を知った岸は悄然とした。反対派は殺気立つに違いない。そんな中、第34代米大統領のドワイト・アイゼンハワー(アイク)訪日を決行すれば、空港で出迎える昭和天皇に危害が及ぶ恐れさえある。
岸はアイク招聘を断念、退陣の意を固めた。だが、公にはせず、腹心で農相の福田赳夫(第67代首相)をひそかに呼び出した。
「福田君、すまんが内閣総辞職声明の原案を書いてくれ…」
「こんなに頑張ってこられたのに総辞職ですか?」