家族 第5部 記憶色あせても(2)

手帳に増えるカタカナ「逆に回る時計、どう受け止めたら」

 「夫らしく、父らしく振る舞うことができない。悪いことと分かっているのに、いらだって怒鳴ってしまう。その繰り返しだったんだと思う」。裕子はそう感じた。通院先の医師ら他人の前では「大丈夫。特に変わりない」と答える誉一郎には、逆に裕子がいらだたされた。

 「家族だから」と分かってはいても、どう受け止めたらいいのか。こうした誉一郎の言動は1年以上続く一方、洋服の着方やトイレの場所を忘れるなど、症状は悪化した。火の元を考えると、日中、1人で留守を任せるのも危険だが、デイサービスやヘルパーに対する誉一郎の拒否反応は強かった。疲弊した裕子は頭痛や顎(がく)関節症など、体調に異変が生じてきた。

 「仕事を辞めたい」。裕子が職場で漏らすと、上司に「辞めてもいいことはない」と反対された。逆に、夫の友人には「あきらめないで」と励まされた。在宅介護で夫を支えるためには、自分が健康的な精神状態を保たないといけないが、できるだろうか。そもそも自分が在宅介護をすることは、症状の悪化が進む夫にとって適切なのか。

 「知力が落ち、記憶力もほとんどない。家で診るのは無理だろう」。医者に言われ、裕子は誉一郎を入院させることを決断する。「私にとっても夫にとっても、今はそれが一番いい」。自責の念を振り払うように、自分に言い聞かせた。25年10月、若年性認知症と診断されて4年を迎えた秋だった。(敬称略)

     ◇