家族 第5部 記憶色あせても(2)

手帳に増えるカタカナ「逆に回る時計、どう受け止めたら」

渋谷誉一郎さんが手帳に記していた日記。「こわくてしかたがない」「覚えていない」などの文字が並ぶ
渋谷誉一郎さんが手帳に記していた日記。「こわくてしかたがない」「覚えていない」などの文字が並ぶ

 万年筆で書かれた小さな文字が並ぶ。2本線で消されたり、塗りつぶされたりした跡が目立つ。大学で教鞭(きょうべん)をとる渋谷裕子(57)が大切に保管している、夫の誉一郎(よういちろう)(57)の手帳だ。若年性認知症と診断された翌年の平成22年1月以降、病と向き合う誉一郎の心情が克明に描かれている。

 「この病気は怖いものだ。おちつけ、もう一度、よく考えろ、思い出せ」「悲観することなく、いじけず、頑張る、それしかない」「皆々に多大な迷惑をかけている」…。

 日記は日を追うごとに、空欄やカタカナが増え始める。「ドウスレバ、カンジを書ケルヨウニナルだろう イッショーコノママカ」…。手帳の文字は、23年3月15日で途絶えていた。

■買えない牛乳

 休職した誉一郎は自宅で犬の散歩をしたりして療養した。裕子がまず気づいたのは、文章が書けなくなっていったことだ。誉一郎は「パソコンは相手に失礼」と万年筆で手紙や礼状を書くのを好んだ。しかし、数行の文章が数日たっても書き上がらない。誉一郎の書斎には書き損じた便箋が山のように積まれていった。

 「どうやって書いたらいいのか。うまくまとまらない」。誉一郎が裕子に相談してきた。以前は裕子が添削してもらう側だったが、裕子が代筆すると「すっきりしていて、いいよ」とほめてくれた。それが裕子にはたまらなく寂しかった。