離島防衛の専門部隊、陸上自衛隊西部方面普通科連隊(長崎県佐世保市、西普連)の最先任上級曹長(准陸尉)として、若手隊員を厳しく指導する毎日だ。
昭和60年に陸自入りし、精鋭のレンジャー隊員となった。米海兵隊をモデルにした西普連が発足することを知ると、「自分の限界を超えてみたい」と、迷わず異動を希望した。
平成17年の第7次イラク復興支援群にも参加した。部隊の警備を担当し「劣悪な環境だからこそ、平常心で任務をこなすのが重要だ」と感じたという。
19年には米サンディエゴで米海兵隊との実働訓練に加わった。その内容は想像以上に過酷なものだった。
重装備のまま、水深3メートルのプールに入り、立ち泳ぎしながら、おぼれた仲間を救う。仲間役は屈強な米海兵隊員。訓練は1時間にもおよび、何度も死ぬかと思ったが、それを乗り越え、必要なスキルを学んだ。
中国の海洋進出などを考えると、平成30年度までに発足する「陸自水陸機動団」の中核となる西普連の重要性は高まっている。水陸両用作戦は非常に複雑になるだけに、柔軟に対応できる人材育成に心を砕く。「常に最前線にいることを忘れず、高みを求め続けていきたい」と語った。
指導的立場が重視されるが、毎朝6時から、佐世保市内の相浦駐屯地にあるプールで1500メートルを連隊長と一緒に泳ぐ。
「恥ずかしくない身体を作らないと、若い隊員に示しがつきませんから」