森永ヒ素ミルク60年

「だんだんと忘れ去られることはやっぱり残念だ」被害の男性

福祉施設で暮らす重度障害者の黒田修一さん。部屋の中には趣味で集めた音楽CDやDVDなどが並ぶ=兵庫県宍粟市(有年由貴子撮影)
福祉施設で暮らす重度障害者の黒田修一さん。部屋の中には趣味で集めた音楽CDやDVDなどが並ぶ=兵庫県宍粟市(有年由貴子撮影)

 「森永のミルクをもし飲まなかったら、人生変わっていたのかなとも思ったりする」

 兵庫県宍粟市の福祉施設で暮らす黒田修一さん(60)はゆっくりとした口調で話し始めた。言語障害と難聴などがあり、両手足は自由に動かすことができず、車椅子生活を送る。1級の身体障害者手帳を持ち、森永乳業の救済支援を受ける重度障害者だ。

 「森永のミルクがいいよ」。昭和29年、兵庫県養父市に生まれた黒田さんが、森永製の粉ミルクを飲み始めたのは生後5カ月ごろからだった。母親の母乳が出なかったため、当初は他社製の粉ミルクを飲んでいたが、地域の保健師にすすめられて切り替えた。直後に高熱にうなされ、体中にブツブツができたという。

 しばらくして、ラジオで中毒事件を知った家族がミルクをやめさせると、体の異変はおさまったが、成長しても歩けなかった。

 「色んな病院でみてもらって、(運動神経を改善する)脳の手術も受けたけど、結局治らなかった」

 地元に養護学校がなかったため就学免除となり、外出もほとんどしなかった。「一日中、音楽を聴いたり、テレビを見たり。それで情報を得ていた」

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