かつお節生産日本一を誇る鹿児島県枕崎市の業者らが、来夏の操業開始を目指して、フランスに工場を建設する。欧州で「和食」ブームもあり、出汁(だし)を取るかつお節のニーズが高まる一方、規制が厳しく日本から輸出できない現状を逆手に、海外進出を決めた。国内消費の縮小を見据え、攻めの一手を打つ。 (九州総局 津田大資)
「フランス工場の計画は、欧州の厳しい規制から生まれた、まさに逆転の発想です。欧州では和食の評価が高まっており、販路拡大につなげたい」
かつお節生産業者50社でつくる枕崎水産加工業協同組合の小湊芳洋参事はこう語った。
同組合が2013年夏、フランス工場への出資企業を募ったところ、約20業者が名乗りを上げた。最終的に同組合と組合加盟の8社、福岡県内の加工業者1社が出資を決めた。
昨年4月、新会社「枕崎フランス鰹節」を設立し、準備を進めてきた。立地は大西洋側、ブルターニュ地方にある港町コンカルノーだ。工業団地の一部約3400平方メートルの敷地に、平屋建て約920平方メートルの工場を建設する。
今月中に着工し、来春にも完成、夏ごろに製造を始める。カツオはインド洋産を調達し、生産方法は国内とほぼ同じ。フル稼働になれば、1日200キロ、200本程度のかつお節生産が可能になる。
現地の和食レストランや食料品店などが、販売先になるという。
◆中国産はOK?
枕崎の挑戦の背景には、ヘルシーさや繊細な味付けで、和食人気が世界各地で高まっていることがある。2013年12月に和食がユネスコの無形文化遺産に登録されたことも追い風になった。
和食店は米ニューヨークなどに多かったが、近年は欧州でも急速に広がり、フランスでは、特にパリを中心に急増する。農林水産省の推計によると、欧州の和食店は5千軒以上あるとされ、すでにブームではなく定着しているという。
だが、これら5千軒の店では、和食に欠かせないかつお出汁が使えない。
かつお節は製造過程でカシやナラの薪を使って、「いぶし」を繰り返す。雑菌の発生を防ぎ、独特の香りを作る大事な工程だが、EU(欧州連合)欧州委員会は、発がん性物質とされる「ベンゾピレン」が基準値を超えて発生するとして、かつお節の輸入を認めていない。
日本国内ではベンゾピレンに関する基準値はなく、国連食糧農業機関(FAO)などは「通常の食生活における健康への懸念は小さい」と結論づけている。その上で業界団体は、ベンゾピレンの発生を抑えるマニュアル作りなども進める。
だが、EU側は譲らない。現在、イタリア・ミラノで開催中の万国博覧会でも、こんな出来事があった。
枕崎水産加工業協同組合などが5月、万博の「日本館」でかつお節の削り作業を企画した。試食はなく、PRとして、見せるだけのイベントだが、認められなかった。
欧州各国の多くの和食店では、かつお出汁の代わりに旨味調味料や、製法が違う中国産などのかつお節を使っている。本格的な和食を提供したい料理人らの悩みだという。
実際に欧州で味噌汁などを味わった枕崎市水産商工課の担当者は「現状では日本では当たり前の風味がないものが多い。本物のかつお節が使えるようになれば、今以上に和食人気は高まるはず」と語った。
同組合が作るフランス工場は、ベンゾピレンを除去する機械を導入することで、建設が認められた。
◆海外進出モデルに
枕崎市のかつお節生産量は、全国の4割を占める1万6550トン(平成26年)にのぼる。ピークだった平成17年の1万8833トンに比べ、12%の減少となっている。
生産業者が最も心配するのは、将来の市場縮小だ。
かつお節に限らず、国内の消費は、少子高齢化による人口減で縮小していく。農林水産業が持続するには、海外進出が欠かせない。政府や経済界も支援策を打つ。
かつお節のフランス工場建設についても、経済産業省が平成26年度補正予算で補助金交付を決定した。地域の複数の企業が協力して、海外進出を目指す取り組みを対象にした支援策で、現地調査にかかる渡航費用や通訳費用などの3分の2が補助金として交付される。
こうした渡航調査は、大企業なら比較的容易であっても、中小企業が個別に取り組むのは難しい。一方で、同業者らが協力すれば可能になり、その地域の産業活性化につながる。
九州経済産業局国際課の担当者は「ジャパンブランドの評価が高まる中、フランスのかつお節工場は世界情勢を踏まえた地域産業活性化のモデルケースになる」と述べた。