北朝鮮拉致

曽我ひとみさんが語るいまだ帰らぬ母への思い(下) 満たされない心の理由 「たった一人の最愛の母がいないから」

 最初はとても戸惑いました。40数年生きてきてマスコミに注目されることなど、考えたことがなかったからです。私は(新潟・佐渡島の)自分の家に帰ってきただけなのに、という単純な考えしかなかったのですが、拉致という犯罪がいかに大罪であったか後々理解することができ、マスコミの過熱した報道ぶりも「仕方がないのかな」と納得する部分もありました。

 ですが当時の私はあまりにも、激変してしまった環境に困惑するだけでした。24年間のブランクがあった私には、生まれ育ったふるさとであっても、知らない土地へ行ったような感覚もあり、自分自身がどう行動すればよいのかも分かりませんでした。

「一人で家族を待つ」苦渋の決断

 まして一時帰郷と思って佐渡に帰ってくるわけですから、ほんの一時我慢すればまた家族の待つ北に帰るのだから「まあ、しようがないかな」という気持ちもありました。

 今でこそすっかり静かになってしまいましたが、北へ帰る日が近づいてきたある日、日本政府は私たち5人(曽我さんと蓮池さん夫妻、地村保志さん・富貴恵さん夫妻)を北には返さないという方針を発表したのです。

 びっくりした私は政府関係者や県、市の職員に佐渡に留まるよう何度も説得され、一人で決断するにはあまりにも気の重い事柄でしたが、どうすることもできず、一人で家族を待つことを決心したのです。本当に苦渋の決断でした。今まで家族に相談もせず物事を決めるということがなかったからです。

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