「ここだ!」戦没者の魂が教えてくれる ガダルカナル島 遺骨収集に同行

 「ここだ!」。刃渡り約70センチの鉈(なた)で木やつるを伐採しながら道を切り開く現地住民が立ち止まって地面を掘り始めた。ほどなくして、深さ約50センチの土中から日本軍のものとみられる銃弾やベルトのバックルとともに、朽ちかけた顎や腕の骨が発見された。

 「彼らの魂が教えてくれるんだ」。ウィリー・ベシーさん(49)が遺骨を手に語る。地形は年月や天候の影響で大きく変わっている。しかし、現地で生まれ育ったベシーさんらは、わずかな地形の変化も見逃すことなく、当時の将兵らの埋葬場所などを発見できるという。

 当時、劣勢に立たされた日本軍は敵の発見を恐れて夜間に行動した。補給が途絶えたガ島で亡くなった将兵のうち半数が餓死だったとされる。

 「日本から遠く離れたこの地で、どんな思いで亡くなったのだろうか…。自分だったら、やっぱり帰りたい」。ふだんは青年海外協力隊員としてガ島で活動している山登(やまと)孝則さん(27)=栃木県出身=はこうつぶやき、手を合わせた。同地区では、計5人分の遺骨を収容した。

大学生ら自費参加

 ガ島では、昭和29年度から政府による遺骨収集が行われているが、近年は現地住民らが保管していた遺骨の受領が中心だった。同隊は平成23年から毎年、生還者が作成した地図などをもとに丸山道沿いで捜索を実施。今回は20~63歳の僧侶や会社員、大学生らが自費で参加した。

 「なかなか見つからない…」。タンブレロから東約10キロの陸軍第1野戦病院跡で4日間にわたり活動したメンバー10人の声は沈みがちだった。密林内を掘り進めても発見されるのは、銃弾や薬瓶といった遺留品のほか小さな骨片のみ。メンバーらは、現地住民と熊手やシャベルで黙々と土を掘り返して目を凝らした。

 同隊は23年から3回にわたって計約100人分の遺骨をこの地から収容しており、隊長で僧侶の崎津寛光さん(43)=東京都台東区=は「これまでの活動で収容し尽くした可能性がある」と、別地区に移ることを決断した。同隊は12日に帰国するまで島内での捜索・収容を続けるといい、崎津さんはこう語った。「密林内で遺骨を捜すのは途方もないことに思えるが、それでも遺骨は見つかる。たとえ1人分であっても、活動を続ける意味がある」

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