浪速風

声なき声こそ多数派だ

安全保障関連法案の参院での審議が大詰めを迎えている。民主党など野党や一部のメディアは、国会周辺の反対デモを民意として廃案を求めているが、歴史を振り返ってみよう。60年安保のデモ隊の数は今回の比ではなく、国会突入を図って警官隊と衝突するほど過激だった。

▶当時の首相、岸信介は「私は声なき声に耳を傾けねばならないと思う」と言ったが、「(デモの)参加者は限られている。野球場や映画館は満員で、銀座通りもいつもと変わりがない」という部分が「それでも後楽園球場は満員だ」と切り取られて報道され、火に油を注いだ。

▶だが、日米安保条約改定が自然承認されると、あれほど激しかったデモは潮が引くように沈静化した。アンポ反対から高度経済成長へ。退陣した岸の後任の池田勇人が「所得倍増計画」を発表したのは昭和35(1960)年9月5日である。岸が亡くなったとき、元全学連リーダーは「あなたは正しかった」と言った。