元朝日新聞・植村隆氏インタビュー詳報(4)

「嫁さんとの結婚前から慰安婦取材していた」

植村「ああ、そう。一つ、ぜひ、書いてよ。阿比留さんみたいな、影響力のある人がそれ、書いてくれるの、すごく…」

阿比留「ただね、一方で(3年)8月19日の『朝鮮人慰安婦 補償求め提訴へ』という記事は、これは太平洋戦争犠牲者遺族会の話なのでですね、これはやはりちょっと一応はっきりさせておいた方がいいと」

植村「ああ、もちろん、もちろん。これはだから、ここにも、記事も書いてますけど、これは取材して書きましたよ。それで、まず大前提として、1990(平成2)年の夏ぐらいから私は韓国に2週間行って、夏にですね。慰安婦のおばあさんの証言を集めようとしてたというのは理解してもらえますよね。で、その時に、(後に韓国挺身隊問題対策協議会代表になる)尹貞玉さんとも知り合いました。それから、遺族会にも当然行きました。遺族会にも聞きました。そういうふうなことですよね。

 で、あのー、当然、遺族会と知り合いになりますよね。うちの家内がまあ、そこにいたから、僕は知り合うわけだけれども、うちの嫁さんと結婚する前から僕は慰安婦の取材をしておったんですよね。つまりそういうこと。当然、まあ、金学順さんが記者会見して、それで、金学順さんの記者会見はね、結構やっぱり影響力があったんですよ。本当は僕もそこにいればよかったんだけど、手記にも書いたけど、まさかその本人が突然(8月11日の記事が出た)3日後に記者会見するとは思わなかったから、(日本に)帰って。それで、やっぱりこれみたら、当時のだから、記者会見ですよね。なんか、日本政府相手に損害賠償訴訟も辞さない決意を明らかにしたと出てるんです。これ、北海道新聞のここ(過去記事)にね。

 つまり、やっぱりもう、その時に挺対協とかそういうのが盛り上がっていたわけですよね。そういう中で慰安婦の裁判をやるということで、遺族会がそういうような動きをしているというのは(弁護士の)高木健一さんってご存じですか」

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