オリンピズム

64年東京のいまを歩く(19)聖火は沖縄から走り始めた

その後も聖火は、日の丸の歓迎をうけながら沖縄本島をめぐった。沖縄県文化振興会公文書専門員の豊見山和美は『沖縄県公文書館研究紀要』(2007年3月)に記している。

「聖火リレーの期間中沖縄に翻った日の丸は、沖縄の住民にとっては祖国との一体感を、日本政府にとっては沖縄を見捨ててはいないというメッセージの発信を、米軍にとっては占領統治にとって望ましい宥和(ゆうわ)を表象していたということができるのではないか」

聖火リレーの沖縄出発に「早期の日本復帰」への願いが込められていたのか、真意は知らない。そうあっても決して不思議ではない。2015年の状況と異なる空気が沖縄を、そして日本を支配していたと思う。返還8年前の出来事である。

『聖火』展は図書館企画らしく、総計316冊の関連蔵書を沖縄、本土の4コース、パラリンピックの聖火、東京など7つの分野に分けて展示。手に取って閲覧できる好企画だった。

聖火リレーの発案者はドイツの体育歴史学者、カール・ディームとされる。1936年ベルリン五輪事務総長である。「古代と今とを五輪の灯で結ぶ」発想だった。

東日本大震災からの復興発信を命題に掲げる20年大会。どんなリレーを現出できるだろうか。=敬称略(特別記者 佐野慎輔)