次世代に贈る戦争の悲痛
「お父ちゃんが戦争から帰ってきたとき、リュックの中にあったのは氷砂糖と干しぶどう、そしてこの手紙の束だけだったの」。6年前の冬、著者の稲垣麻由美氏は親交のある渡辺喜久代さんから古びた手紙の束を見せられた。
それは戦時下に、喜久代さんの母・しづゑさんが戦地にいる父・山田藤栄氏にあてた恋文だった。その数115通。稲垣氏の目に「愛する私のお父様」「恋しいパパ様へ」という言葉が飛び込んできた。そこには、新婚間もなく離れ離れになった寂しさや、妊娠している第1子を出産した暁には家族で暮らしたいという切ない思いがつづられていた。「この手紙は次の世代に戦争とは何かを伝えるのに役に立つかしら?」。喜久代さんの言葉が本書刊行のきっかけとなった。
山田藤栄氏は、1944年にフィリピン・ミンダナオ島に赴任。そこで1152人の部隊を率い「ミンタルの虎」と称される。しかし、部隊の9割が餓死したという戦場はまさに地獄。そんな壮絶な戦場を最後までともに歩んだのがこの手紙の束だったのだ。藤栄氏は戦後、戦争での体験をほとんど語ることはなく1997年に永眠した。