「チーズはどこへ消えた?」プロデュース 平田静子さんが初の自著 後輩へエール「キャリアの道はいつからでも始められる」

 2児に恵まれたが31歳で離婚、働いて収入を得る覚悟を決めた。35歳でグループの出版社、扶桑社に出向。宣伝部に配属される。42歳のとき、編集の経験がないまま書籍の編集長に抜擢(ばってき)され、以後数々のヒットを飛ばして役員に就任した。

 ◆加害者の手記

 大きな話題となったヒット作の一つに、昭和57年に松山市でホステスを殺害し、約15年の逃亡の末に逮捕された福田和子元受刑者(服役中に病死)の手記「涙の谷」がある。拘置所に何度も通い、文通も重ねて平成11年8月の出版にこぎ着け、印税は被害者の遺族に渡された。

 自著では、福田元受刑者から受け取った手紙に「出所できたなら、温泉に一緒に行きたい」と書かれていたエピソードを披露している。

 加害者の手記だけに難しい面もあった。神戸市の連続児童殺傷事件の加害男性が刊行した「絶歌」と事情は異なるが、控訴中だったため「都合のいい情報が発信される」と非難を受けた一方、「犯罪史に残る一級の資料」という意見ももらった。「なぜ罪を犯し、どうやって生きてきたのか。誰もが知りたいのではないかと思った」と振り返る。