浪速風

忘れられない30年前の8月12日

30年前の昭和60(1985)年8月12日は忘れられない一日である。520人が犠牲になった日航ジャンボ機墜落事故が起きたが、その朝、グリコ・森永事件の「かい人21面相」から産経新聞大阪本社などに終結宣言が届いた。「くいもんの 会社 いびるの もお やめや」

▶前年3月の江崎グリコ社長誘拐に端を発し、次々と食品会社を脅迫した事件は「劇場型犯罪」と呼ばれる。青酸入り菓子のばらまきを予告したり、警察をあざ笑う挑戦状をマスコミに送りつけたからだ。社会部の内勤だった小欄は、指紋をつけないよう手袋をして郵便物を仕分けするのが朝一番の仕事だった。

▶唐突な終結宣言には誰もが半信半疑だったが、その日を境に犯行はピタリと止まった。代わって夏休み返上で、わが国航空史上最悪の日航機事故の取材に追われた。犠牲者に脅迫対象にされたハウス食品工業(当時)の社長も含まれていた。数奇な巡り合わせというしかない。