戦後70年

戦友が見た「戦車兵・司馬遼太郎」 苦難の中でも冗談や笑み「軍人らしくなかった」

【戦後70年】戦友が見た「戦車兵・司馬遼太郎」 苦難の中でも冗談や笑み「軍人らしくなかった」
【戦後70年】戦友が見た「戦車兵・司馬遼太郎」 苦難の中でも冗談や笑み「軍人らしくなかった」
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 第二次大戦の学徒出陣で旧陸軍に入隊した元陸軍少尉の佐藤繁男さん(92)=大阪府高槻市=は、後に国民的作家となる故司馬遼太郎(本名・福田定一)さんと1年余り、戦車兵として青春時代をともに過ごした。司馬さんは戦後、日露戦争を題材にした小説「坂の上の雲」など、近代日本の軍人の生き方を描いた作品を発表したが、佐藤さんから見た当時の司馬さんは、およそ「軍人らしくない」普通の青年。兵舎の寝台が隣同士だったことから「寝台戦友」と呼び合った司馬さんの姿を振り返った。(岡嶋大城)

 米軍との死闘に敗れたガダルカナル島戦から約半年後の昭和18年10月、戦局悪化に伴う兵力不足を補うため学徒出陣が始まった。東京商科大(現・一橋大)の学生で当時20歳だった佐藤さんは陸軍に入隊。兵庫県に置かれた戦車第19連隊第3区隊に配属された。

 同隊に学徒出陣で集まった初年兵は約50人。兵舎の寝台が隣だった「福田」と名乗る青年と気が合い、同い年ということもあって親密な付き合いが始まった。この青年こそ、旧大阪外国語学校(現・大阪大)出身の司馬さんだった。

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