戦後70年 昭和20年夏(4)

ソ連軍157万人が満州侵攻 戦車に潰された王道楽土の夢

 1945(昭和20)年2月、クリミア半島のヤルタで、ソ連共産党書記長のヨシフ・スターリンは、第32代米大統領のフランクリン・ルーズベルトに対して、ドイツ降伏後3カ月以内に日ソ中立条約を破棄して対日参戦することを約束。見返りとして南樺太や千島列島の引き渡しや満州の鉄道・港湾権益を要求した。

 この密約に従い、日本時間の8月9日午前0時、極東ソ連軍総司令官で元帥のアレクサンドル・ワシレフスキー率いる80個師団約157万人が3方向から満州に同時侵攻した。スターリンはもともと11日の侵攻を命じたが、6日の米軍による広島への原爆投下を受け、予定を2日早めたのだった。

 ソ連軍は対日戦の準備を周到に進めており、T-34など戦車・自走砲は5556両、航空機は3446機に上った。

 これに対する関東軍は24個師団68万人。戦車は200両、航空機は200機にすぎず、その戦力差は歴然としていた。

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