空のあなたへ 日航機墜落30年(上)

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520人死亡 史上最悪の単独航空機事故

 東京(羽田)発大阪(伊丹)行きの日本航空123便ボーイング747型機は昭和60年8月12日午後6時56分、群馬県上野村の御巣鷹の尾根に墜落し、乗員乗客524人のうち520人が死亡した。現在も単独の航空機事故としては史上最悪の惨事だ。

 事故機は約32分間の上下蛇行の末に墜落。運輸省航空事故調査委員会(当時)は、機体後部の圧力隔壁が破壊され、漏れ出した客室内の大量の空気が垂直尾翼や油圧系統を破壊し、操縦不能となったことが事故原因とした。その7年前に大阪空港で起きた尻もち事故で、米ボーイング社による修理が不適切だったため、圧力隔壁に金属疲労の亀裂が広がったとみられる。

 60年12月、遺族でつくる「8・12連絡会」が結成された。支え合い、事故原因を究明し、空の安全を追求していくことが目的。日航に事故を語り継ぐための施設整備を働きかけ、事故後22年目に遺品や事故機の残骸などを展示した「日航安全啓発センター」がつくられた。現在は日航内でも社員の9割以上が事故後の入社となっており、風化防止が課題となっている。

(福田涼太郎)

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