話の肖像画プレミアム

篠原信一(42)=柔道家= 大学辞めて廃棄物業者に テレビ出演のきっかけは「会社の宣伝」 

【話の肖像画プレミアム】篠原信一(42)=柔道家= 大学辞めて廃棄物業者に テレビ出演のきっかけは「会社の宣伝」 
【話の肖像画プレミアム】篠原信一(42)=柔道家= 大学辞めて廃棄物業者に テレビ出演のきっかけは「会社の宣伝」 
その他の写真を見る (1/5枚)

「やってもうた…」精神的弱さ痛感

 〈平成12年のシドニー五輪。柔道男子100キロ超級決勝戦の相手はフランスのドイエだった。試合開始から1分39秒、ドイエの仕掛けてきた内股を内股すかしで返す。しかし「一本」ではなく、相手の「有効」となり、有力視された「金」を逃す。「幻の一本」「世紀の誤審」と呼ばれるその判定は今も記憶に新しい〉

 あの瞬間は「自分の一本だ」と思っていた。ガッツポーズをしたでしょ。でも、3人の審判のうち2人が有効のジェスチャーをしていた。「えっ、一本じゃないの!?」という思いで、試合を続けた。その有効も自分のポイントだと思っていました。

 「待て」がかかり、そのときに斉藤仁コーチ(当時)から「信一、お前はポイントを取られているんだぞ。攻めろ!」といわれた。掲示板を見ると、向こうにポイントがついている。その「待て」で審判が集まり、「あれは篠原の勝ちだ」と仕切り直すと思った。でも、そのまま試合は続いた。

 残り時間の半分くらいが過ぎると、今度は焦りに変わった。「このままでは負ける…」と思った。焦りに変わると、相手を崩さないまま技をかけるから、かからない。そして試合終了のブザーが鳴った。負けてしまった。

 〈釈然としない「銀」。表彰台の上でも悔し涙を隠さなかった。試合後の記者会見では「弱いから負けた」とだけコメントした〉

 あの時は審判がうんぬん、ドイエがうんぬんではなかった。「負け」という事実があるだけでした。控室に戻ってから10分、15分のことはよく覚えていない。ただ、やってもうた、と。

会員限定記事会員サービス詳細