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篠原信一(42)=柔道家= 大学辞めて廃棄物業者に テレビ出演のきっかけは「会社の宣伝」 

 そもそも自分は指導者には向いていないんです。人に教えるのは面倒臭いし…。13年に天理大体育学部の専任講師になったのは、恩師に「柔道はどこで強くなったんだ?」と聞かれ、「天理です」と答えたら、「じゃあ、後輩に恩返しをしろ」と言われて、引き受けた。でも、ずいぶん前から「辞めますよ」ということは伝えていました。本当に辞めるとは思っていなかったようですが、人生の折り返し地点の40歳を節目として辞めました。

 それで、育英高校時代の先輩や、天理大の先輩がゴミ収集業者でしたので、「ゴミ業者になりたい」と相談しました。そうしたら「お前はアホか。そう簡単になれるか」と。でも、大学も辞めるし、食べていけない。先輩から「こんなのもあるぞ」ということになって、廃棄物関連会社の「マイドス」を始めました。

 〈解説者としては「俺の方が強い」「選手の名前を覚えるのが苦手」などの迷言も伝わる。表舞台から退いたとはいえ、柔道と完全に縁が切れたという意識はない〉

 そもそも自分は「引退する」とは言っていません、ひと言も。柔道は柔道着を着ればいつでもできる。柔道に引退なんかないですよ。

 選手の名前の話は、まあネタですかね。いいかげんというのは8割当たっていますが(笑)。ただ、基本的に国際大会などの解説者は、テレビ局が全日本柔道連盟に依頼し、全柔連が「じゃあ、篠原で」ということで決まる。今の流れは、しっかりしている穴井隆将(24年のロンドン五輪柔道男子100キロ級代表)の流れ。もう全柔連も自分に「解説をしろ」とは言ってこないでしょう。

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