戦後70年 千葉の出来事

成田闘争(上) さながら白昼の市街戦

【開港までの成田空港と成田闘争の歩み】

昭和37.11.16 池田勇人内閣が新国際空港建設の方針を閣議決定

  40.11.18 関係閣僚懇が富里への建設を内定。地元で反対運動激化

  41. 7.4 佐藤栄作内閣が三里塚への建設を閣議決定

      8.22 三里塚芝山連合空港反対同盟(戸村一作委員長)結成

  42. 9.1 三派系全学連が反対同盟支援を開始

  44.12.16 建設省(当時)が土地収用法に基づく事業認定告示

  46. 2.22 第1次代執行(強制収用)開始

      9.16 第2次代執行開始。機動隊員3人死亡(東峰十字路事件)。民家(故小泉よねさん宅)や社会党国会議員の一坪共有地など収用

     10.1 反対同盟青年行動隊員が空港建設に抗議して自殺

  52. 5.6 開港の障害だった岩山鉄塔を千葉地裁の仮処分で撤去

      5.8 機動隊と反対派の衝突で支援活動家が重体。2日後死亡

      5.9 芝山町長宅前の臨時派出所に報復ゲリラ。警察官6人重軽傷。うち1人が12日後に死亡

  53. 3.26 過激派が管制塔占拠、破壊。3月30日の開港延期。自分の火炎瓶で火だるまになった活動家が6月13日死亡

      5.13 過激派の拠点撤去などを定めた「新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法」(成田新法)施行

      5.20 滑走路1本で出直し開港