さらば愛しき人よ

「扇橋の落語を聞きながら死にたい」 永六輔氏にそう言わせた落語家、入船亭扇橋さん

 身延山に参詣の男、雪山で道に迷い、やっと見つけた小屋の中には亭主の帰りを待つ女一人。男の懐の大金に目をつけ、しびれ薬の入った玉子酒を勧める。男が一口飲んで次の間に横になり、女は亭主の酒を買いに出る。何も知らぬ亭主が帰り、残っていた玉子酒を飲んでしまう。帰ってきた妻が訳を話していると亭主が苦しみ出す。これを聞いていた旅人、慌てて雨戸をけ破って逃げ出す。小室山の毒消しの御封を紙ごと口に入れ、身体が利かないながらも走っていると鉄砲を持った女が追ってくる。

 気が付くと下は鰍沢の激流、材木をつないだイカダに乗っかり「妙法蓮華経」とその流れへ。最後は一本の丸太だけになり、震えていると女の撃った鉄砲の弾が男のマゲをかすって向こうの岩に当たる。

 「一本のお材木(題目)で助かった」

 冬の噺だ。お笑いというよりはサスペンス物であり、初演でないにしてもこの人がこの春の夜に、と一抹の不安はあったが、まったくの杞憂(きゆう)に終わった。力みを感じさせぬ、若手にはない落ち着きと無駄のない間の詰め方に緊張感が醸し出される。思いがけない力で観客をぐいぐい引っ張る扇橋の語りに導かれ、あっという間に客席は夕暮れの雪山にほうり出されていた。扇橋の「隠れた物すごさ」に昼間の暖かさも忘れ、こっそり身震いしていた。(若鮎)》

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