さらば愛しき人よ

「扇橋の落語を聞きながら死にたい」 永六輔氏にそう言わせた落語家、入船亭扇橋さん

 扇橋さんは当時を振り返って書いている。《みんなすでにその分野の一国一城のあるじばかり、素直に約束事など聞く耳を持たない。宗匠! と口では呼ぶが、さらさら尊敬などしていない。毎回、季題を出したりする進行係、早い話が下働きにほかならなかった。それでも、月にいっぺん顔を合わせるのが何とも楽しくて、十七文字にちなんで例会は毎月十七日と決めた》(97年11月19日付朝日夕) 

 何とも楽しそうではないか。こうした俳句の修業が、折り目正しく季節を感じさせる扇橋落語を作り上げていったといえる。それはこんな発言からもうかがえる。《俳句も大胆な省略法。落語も全部言っちゃっちゃ面白くない。やっぱり我慢なんですね》(82年2月19日付読売)、《観察力、洞察力、そして言葉の推敲(すいこう)は落語にも通じます。落語にも季節感があったほうがいい》(01年9月8日付東京夕)。

 98年4月18日付産経に掲載された高座評を再録しよう。落語担当記者だった筆者が、ある批評家に依頼したもので、扇橋落語の本質を見事に捉えていると思えるからだ。見出しは「扇橋の語りに身震い」

 《3月29日、三越落語会を見た。トリは以前本欄でも紹介したことのある大ベテラン、入船亭扇橋。決して派手ではないが、いつもほのぼのとした、ゆったりとした語り口で観客の心を温かくしてくれる落語だ。いつだったか、永六輔氏が「ぼくは座敷で、(柳家)小三治か、扇橋の落語を聞きながら死にたい」と言ったのを覚えているが、その気持ち、何となく分からないでもない。

 ネタは「鰍沢(かじかざわ)」。不世出の名人とされる三遊亭円朝が、客から「小室山の御封・玉子酒・熊の膏薬(こうやく)」の題をもらい、ほぼ即席で作ったとされる「三題噺」の名作、大ネタである。

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