満州文化物語(2)

「世界のミフネ」育てた写真館 「昔の面影すらないじゃないかっ」…変わり果てた街に絶句

 ところが戦後、三船は史郎らに大連時代の思い出を語ることはほとんどなかった。訪問したのも昭和62年の一度きり。同じ大連出身の俳優、横内正(ただし)(74)は「三船さんとは共演もしたが、大連の話をしたことはなかった。寡黙な方だったしね。今から思えば、話を聞いておけばよかったな」と残念がる。

 三船にとって、大連の街は簡単には割り切れない複雑な思いがあったのだろうか。それが「悪夢のような」(「映画スター自叙伝集」)軍隊生活とつながるためか、あるいは少年時代の思い出そのままに、そっと残しておきたかったのか、今となっては知るよしもない。

 「スター写真館」があった連鎖商店街は、それから随分、時がたって、作家の井上ひさし(平成22年、75歳で死去)が、こまつ座の芝居に書き、人気バンド、サザンオールスターズの桑田佳祐(59)が歌にうたった。

 内地にも例をみない商店街とはどんな街だったのか-。次回書きたいと思う。=敬称略、隔週で掲載します

(文化部編集委員 喜多由浩)

 三船敏郎(みふね・としろう) 大正9年、中国・青島生まれ、少年時代に大連へ移る。6年間の軍隊生活を経て、昭和21年、東宝のニューフェースに合格し、俳優に。黒澤明監督とのコンビで「羅生門」「七人の侍」「赤ひげ」などに出演、日本を代表する映画スターとなった。海外作品への主演も多く、「世界のミフネ」と呼ばれた。平成9年、77歳で死去。

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