繁雄と栄子はこのベビーホテルについて「子供5、6人がごちゃごちゃに詰め込まれた感じで、おもちゃも何もなかった」と記憶している。そんな部屋の中で耕一郎たちがどう過ごしているのかを考えると、不憫(ふびん)でならなかった。
「こうちゃんたちも一人の人間だから、犬や猫みたいに放っておくことはできない。誰かが面倒をみなければならない。この子たちを絶対に殺すわけにはいかないし、預けるところにまたやるわけにもいかない」。決意した栄子は繁雄にこう伝えた。
「もう預けるのやめよう。私、パート辞めるよ」
2人を迎えれば、5人の子供を育てることになる。金銭的にも体力的にも負担が増えることは避けられない。栄子は実子3人の子育てに追われていた時期、内職をして生活費を補っていた。「2人がきたら、また内職をすればいいか」
そう考えた栄子と繁雄は、八重子が契約していた1カ月を待たず、長女と耕一郎を自宅に引き取った。
「ラーメン半分ずつにしてでも育てよう」
失踪から半年が過ぎても八重子の消息はつかめなかった。2人の将来を本気で考える時期が迫っていた。
家族会議の結果、長女は繁雄の妹が引き取ることに決まった。長男の繁雄が耕一郎を育てることが自然の流れだが、「自分にとっては妹の子供でも、妻にとっては血のつながらない子」。繁雄は苦しい生活の中、栄子に負担をかけることに迷いを感じていた。
背中を押したのは栄子だった。「お父さん、私ら2人でラーメンを半分ずつにしてでも、この子を育てよう」。前年から半年間、2人を預かっていたこともあり、栄子に「違和感はなかった」という。