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ロイヤルHD編(2)復活への道(上)

ロイヤルホストが都内にオープンした「カウボーイ家族」=東京都国立市
ロイヤルホストが都内にオープンした「カウボーイ家族」=東京都国立市

 ■「ホスピタリティーこそ守るべき精神」 呼び鈴廃止、常識破る再建策

 平成22年秋。再建を託され、ロイヤルホスト社長に内定していた矢崎精二(64)は東京・渋谷にいた。実際の社長就任は年明けの予定だったが、矢崎は居ても立っていられず、繁華街にあるファミリーレストラン、ロイヤルホストを視察した。

 深夜の店舗は、何ともいえない陰鬱な雰囲気だった。気だるげにタバコをふかす女性客、テーブルに突っ伏して寝る客もいた。客だけではない。店内は壁紙がはがれかけ、店員に覇気はなかった。

 「今のロイヤルホストはほかのファミレスとどこが違うんだ。来てもらいたいお客さまを、呼べる店にしようじゃないか!」

 思わず矢崎は、部下にこう説いた。脳裏に浮かんだのは、ロイヤル創業者の江頭匡一(1923-2005)のことだった。

 昭和52年8月、江頭は東京・三鷹にロイヤルホストの首都圏1号店となる三鷹店をオープンした。後に店長に抜擢し矢崎に、江頭はこう言い聞かせた。

 「矢崎くん。料理を出すコックを大事にして、そしてお客さまへ心地よいサービスを。後は気持ちよく食べられる建物空間。この3つがそろって初めて、商売は成り立つんだよ」

 三鷹店の開店初日、江頭は午後9時頃、店を閉めるように突然、指示した。店内は家族連れで満席だった。さらに、近くの神社の夏祭りが終わったのだろう、浴衣姿でほろ酔いの客も、ちらほら店に入り始めていた。

 スタッフは訳が分からず、江頭をなだめようとした。だが江頭は、言い放った。

 「げた履きで店を利用する人のために、じゅうたんを張っているのではない! あの人たちは、騒がしくてほかのお客さまに迷惑をかける。ロイヤルホストのお客さまではないんです」

 江頭はロイヤルホストを、週末に家族連れが豊かな気分で食事ができる場にしたかったのだ。

 料理の味だけでなく、ホスピタリティー(おもてなし)を大切にし、店の内装や店員の身だしなみにも、強烈にこだわった。

 だが、江頭は世を去り、彼が大切にしていたロイヤルホストの精神も徐々に薄れていた。

                × × ×

 外食産業の売り上げは、平成9年の29兆円をピークに減少傾向をたどった。バブル崩壊と、その後に到来したデフレ不況の下、すかいらーくの新業態「ガスト」や、「サイゼリヤ」などファミレス業界は低価格路線を突き進んだ。22年の売り上げ規模は23・6兆円だった。

 ロイヤルホストも立ち位置を見失った。8年以降、既存店の売上高減少に悩み、コストカットが優先された。店内設備への投資も大幅に抑制された。

 ロイヤルホストはデフレ時代の負け組となった。

 ロイヤルホールディングス社長の菊地唯夫(49)は、グループの主力事業であるロイヤルホスト再建を、15歳年上の矢崎に託した。

 矢崎は創業者が大切にした「週末の特別な空間」への回帰を選んだ。いや、再建の道はそこにしかなかった。

 客席を禁煙とし、全店に喫煙ルームを設けた。一部の店舗では、ドリンクバーや店員の呼び鈴を廃止した。

 矢崎の狙いは単純だった。ホスピタリティーという原点回帰だ。

 ロイヤルホストの主要客層は40代の女性と、シニア層だ。彼ら彼女らに、おいしい料理を気持ちよく食べてもらうことが第一と考えた。

 店員は呼び鈴に頼らず、客席に目を配らなければならない。注文の手が上がりかけるや、席に寄る。その際に、おすすめメニューを提案するなど接客技能を向上させた。

 だが、ドリンクバーも呼び鈴も、ガストが先鞭を付け、ファミレスで当たり前となった制度だった。

 矢崎の改革案は、いわば常識への挑戦だ。部下は「客離れを加速させかねない」と反対した。

 矢崎は一切、意に介さなかった。

 「半年は間違いなく売れ行きは落ちるだろう。だが安さだけではないサービスを求めるお客さまも、必ずいるはずだ。うちが求めているファミリー層を呼び戻そう」

 こう部下を説いた。

 さらに既存店対策として、厨房(ちゅうぼう)設備に積極投資を実行した。22~24年に計40億円と、創業以来最大といえる規模だった。

 ロイヤルホストをはじめ、ファミレスはセントラルキッチン方式を採用する。これは調理工場で料理の下ごしらえをし、パック詰め、冷凍・冷蔵した上で各店に送る方式だ。どの店舗でも同じ味が実現できる。厨房に包丁のないファミレスもある。

 だが、ロイヤルホストはセントラルキッチンに甘んじることなく、最後の一手間を重視するファミレスだった。パック詰めされたパスタにソースをどう絡めるかで、味は変わる。だからこそ、ロイヤルホストの店舗にいる料理人は「シェフ」と呼ばれるのだ。

 矢崎は、シェフがより腕をふるえるよう配慮した。ハンバーグなどの加熱に必要な「コンベヤーオーブン」、揚げ物の「フライヤー」などを導入する一方、コンロ回りの設備を強化した。

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 矢崎による改革案の実行を、ホールディングスのトップである菊地は、静かにバックアップした。

 「最近、どう?」。菊地はひまがあれば、ロイヤルホストなど傘下の店をふらっと訪れ、声をかけた。

 気さくな口調とはいえ、ロイヤルのトップだ。店長らは最初、戸惑いを隠せなかったが、徐々に打ち解けてきた。菊地に率直に悩みを打ち明ける店長もいた。

 矢崎が社長に就任する前、東京のある30代後半の店長は菊地にこう話した。

 「お客さまを向いて仕事ができていない気がします。会社内部に、上司に顔を向けて仕事をしているのかもしれない」

 「これは根が深い。早く改善しなければ…」

 菊地にも焦りはあった。だが金融業界出身で、飲食業界に携わった経験はない。自分があれこれ口出しすれば、現場は混乱するだろう。「餅は餅屋だ」といわんばかりに、ロイヤルホスト立て直しを矢崎に一任し、細かい干渉はしなかった。

 その菊地が、矢崎に唯一指示したのは、立て直しに向けた長期プラン策定だった。

 矢崎はロイヤルホスト取締役の佐々木徳久(53)らとともに、平成23年度からの3カ年計画、さらに32年までの長期のロードマップを練り始めた。

 佐々木は17年から、九州地区のロイヤルホストを統括する責任者だった。矢崎が最も信頼する部下の一人でもあった。

 矢崎と佐々木は、23年度を立て直しへの準備期間と位置づけ、料理人の技能向上や、組織見直しを進めることにした。24年度は『基盤作り』として、パスタ特集などのメニューによって料理の質を上げる。25年度は『挑戦の1年』。調理場への設備投資に加え、全店舗数の3分の1を改装し、「カフェロイヤルパーク」という高級路線の出店も盛り込んだ。

 矢崎から3カ年計画を受け取った菊地は、満足そうにうなずいた。

 矢崎と佐々木は新業態として、ロイヤルホスト初となるステーキとハンバーグの専門店の展開も進めた。

 専門店構想自体は、矢崎がロイヤルホストの再建役を担う前から決まっていた。すかいらーくグループの「ステーキガスト」や、エムグラントフードサービス(東京)の「ステーキハンバーグ&サラダバー けん」がヒットしていたからだ。

 矢崎はこの新業態にあたっても、企業哲学である「ホスピタリティー」「家族にとって特別な空間」の実現を目指した。

 使う肉は、米国産アンガス牛の肩ロースだ。30日以上熟成させ、濃厚なうま味を出した上で、調理する。

 テキサスのカウボーイ一家を訪問したような雰囲気を演出しようと、店員はテンガロンハットをかぶり首にスカーフを巻いている。

 矢崎は店名も決めた。当初案は「テキサスオースティン」だったが、「カウボーイ家族」に変更した。柔らかな印象のネーミングに反対する人間もいたが、矢崎は譲らなかった。後日、ある大手清涼飲料水のブランドマネジャーは「これほどターゲットを的確に表現した名前はありませんよ」と太鼓判を押した。

 22年末から、順次オープンしたカウボーイ家族はヒットした。業態転換前のロイヤルホストと比べて、売上高は平均7~8割増となった。

 矢崎らは24年11月、北九州市八幡西区のロイヤルホスト青山店をカウボーイ家族にリニューアルした。青山店は昭和46年、ロイヤルホスト1号店として開店した、いわば創業の地だが、矢崎に迷いはなかった。「何より大切なのはロイヤルホスト創業の原点、ホスピタリティーだ。その上で、今のお客さまに喜ばれる価値を提供するんだ」(敬称略)