歴史事件簿

ミッドウェー海戦(2)意気揚々と大作戦に踏み切った連合艦隊…戦力で劣る米軍は亡霊に頼った

 だが、日本の空母が搭載した約270機に対し、アメリカは約230機。搭乗員の練度、航空機の精度はともかく、島に配備した数を加えるとアメリカの方が上回った。

 一方、意気揚々と出撃したはずの日本の機動部隊の首脳部にも一抹の不安はあった。

 作戦前の人事異動で、これまで世界随一といわれた南雲機動部隊の飛行機搭乗員にほころびが出て、「着艦もままならない」などといわれるほどに相当に練度が低下する事態に追い込まれていた。新人搭乗員を中心に早急に鍛えるも、インド洋から帰国した直後の作戦のために疲労も重なり、訓練もほとんどできない中での出撃だった。

「米空母接近」無線封止で伝わらず

 この作戦では、南雲忠一中将の指揮する機動部隊が先頭に立ち、山本五十六(いそろく)大将率いる主力部隊、ミッドウェー島に上陸する攻略部隊が続いた。だが、主力部隊は機動部隊の500キロとはるか後方にいたため、連絡などを含め連係が取れているとは言い難かった。

 6月3日頃に日本の攻撃を予測していたアメリカ機動部隊のうち、遅れて出港したヨークタウンが2日に予定地点で2隻の空母と合流。日本の機動部隊を待ち構える。一方、南雲機動部隊は艦船を見失うほどの濃霧に悩まされ、索敵どころの話ではなかった。

 実は5月30日頃から大和で傍受したアメリカ側の交信から、敵艦隊がハワイを出港したことをつかんでいた。6月3日にも、大和ではミッドウェー島付近にアメリカ空母の存在を示す電文を傍受する。