激戦の地・硫黄島はいま(下)

沈めたはずの船の残骸が砂浜に… 変貌し続ける火山島に思いをはせる島民ら

 島の西側の海岸を通ると、砂浜にぼろぼろに朽ちた船の残骸がいくつも転がっている。小笠原村の職員から「戦闘終了後、大きな港湾施設がない硫黄島に、艦船で接岸できる足場を作ろうと、米軍が船を沈めて足場にしようとした」と説明してくれた。

 意図は理解できたが、「船が陸上にあるのに『沈めた』とはどういうことか」と考えていると、職員が「いま船がある場所は戦前、海の中だった。どんどん隆起してまるっきり地上に出てきてしまった」と明かした。

 こうした現象はあちらこちらで起きている。島の北西端に「釜岩」と呼ばれる岩がある。現在は岬の先端にあるが、戦前は島の海岸線から約1キロ離れた沖合にあったというから驚きだ。旧島民によると、「1年に1メートル近く隆起しているところもある」という。

 こうした火山活動の影響もあり、旧島民の帰島は認められていない。旧島民の男性は「今でも1日も早く島に帰りたい。小笠原や沖縄は日本に返還されたが、硫黄島には帰れない。私たちの戦後はまだ終わっていない」と力を込める。

 全域に多数の戦跡を残しながら、変貌を遂げ続ける硫黄島。激戦を闘った日米両軍の関係者だけでなく、ここで暮らした島民たちの思いは、70年たった今も島に注がれている。