激闘の地・硫黄島はいま(中)

悲しき残骸 大砲の向きが物語る絶望

【激闘の地・硫黄島はいま(中)】悲しき残骸 大砲の向きが物語る絶望
【激闘の地・硫黄島はいま(中)】悲しき残骸 大砲の向きが物語る絶望
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 昭和20年2~3月、太平洋での激戦地となった硫黄島(東京都小笠原村)。この地には、戦車や大砲など、日米両軍が残した兵器の残骸が70年が経過した今も姿をとどめている。(橋本昌宗)

トーチカに手鍋

 島の中央からやや北側にある「大阪山」。旧島民が帰島した際に宿泊できるようにと小笠原村が平成14年に建設した「小笠原村硫黄島平和記念会館」のすぐ裏手に位置する。

 曲がりくねった道を上がっていくと、日本軍が使っていた「トーチカ」と呼ばれる鉄筋コンクリート製の防御陣地が現れる。

 コンクリートはぼろぼろに崩れ落ち、天井を縦横に走る鉄筋はむき出しになっている。これだけ密に鉄筋を使っていれば、さぞ堅牢(けんろう)な作りだったのだろうが、今は見る影もない。

 中には手鍋が一つ、転がっていた。持ってみると驚くほど重く、その重みが戦いの凄惨(せいさん)さを物語っているような気がした。

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