笠間を愛した国民的スター・坂本九さん没後30年

 「上を向いて歩こう」や「明日があるさ」など、数々の名曲を残した「九ちゃん」こと、歌手の坂本九さんが昭和60年の日航ジャンボ機墜落事故で亡くなってから今年8月で30年になる。坂本さんが戦時中に疎開し、幼少期の約4年間を過ごした笠間市では、今でも坂本さんの旧居が保存され、街には歌が流れている。笠間を愛し、笠間に愛される偉人、坂本九。その足跡をたどった。(上村茉由)

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 ◆有志が家の修復

 坂本さんは2歳から約4年間、母親の実家がある笠間市に疎開していた。当時暮らしていた赤い屋根の家が、今も空き家として山麓に残っている。傷みがひどく、中には入れないが、地元の有志で作る「笠間九ちゃん会」が修復や草取りなどを行い、保存に努めている。

 「笠間の人にとって九ちゃんは身近な存在。九ちゃんが笠間を大事にしてくれたので、九ちゃんの大事な場所を残していきたいのです」

 そう語るのは事務局の小田部伸さん(46)。「1日に千人が訪れることもある。いろんな人の心の中に九ちゃんは生き続けていて、思い出話をして涙を流すファンもいる」という。

 坂本さんは、川崎市に戻ってからも笠間との関わりを持ち続けた。昭和46年、女優の柏木由紀子さんと笠間稲(いな)荷(り)神社(笠間市笠間)で挙げた結婚式の模様は、テレビで放映された。門前通りでそば店「柏屋」を営む沼田淳二郎さん(73)は当時を「すごい人だかりだった」と振り返る。

 沼田さんは坂本さんと幼稚園から小学1年生まで同級生。「あの頃は都会からきた九ちゃんにライバル心があって、騎馬戦や相撲などでよく対決していた」と懐かしんだ。坂本さんは結婚式以外にも度々笠間を訪れ、後援会の集まりや同窓会などにも参加していた。

 ◆防災無線から歌

 亡くなってからも、笠間市民とは音楽でつながっている。防災行政無線では正午に「上を向いて歩こう」、午後5時に「見上げてごらん夜の星を」が流れる。市内のJR笠間、友部、岩間の各駅では坂本さんの曲が電車の発車メロディーとして使われている。

 また、市は来年3月に合併10周年を迎えるのを記念して、今月、市役所の電話の保留音を「幸せなら手をたたこう」に統一した。

 笠間市民にとって坂本九とは、偉大なる国民的スターであると同時に、笠間を愛する同胞のような存在なのかもしれない。

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