関西の議論

松江城執念の軌跡 国宝再指定を決めた「祈祷札」の発見 格下げから65年、ついに悲願達成

 翌24年5月に、その執念がついに実った。市史料編纂室の職員が、松江城近くの松江神社で調査していたところ、「慶長十六」などと墨書きされた2枚の棟札を発見した。神社は明治時代の創建で、棟札は明らかに時代が異なっている。市が探し求めていた祈祷札かもしれないとの期待が膨らんだが、札には肝心の松江城を表す文言は確認できなかった。

 卜部吉博・市松江城国宝化推進室長は「松江神社で発見された祈祷札が、松江城のものであることを証明しなければならない。(札のあった場所を見つけるため)実際に城の柱一本一本に当てはめる作業が必要になる。気が遠くなるようだった」と新たな難問にぶつかったときの心境を明かす。

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 くぎ穴やしみの跡などを調べながら柱に祈祷札を当てはめる作業に乗りだしたが、意外に早く問題は解決した。

 地階で目についた1本目の天守の柱に祈祷札を合わせてみると、ピタリとはまった。続いて、ちょうど向かい側に位置する同じ規模くらいの柱で、2枚目の札が一致することが確認された。「松江城のものに間違いない」と卜部さんらは確信した。

 この結果、松江城天守が完成したのは「慶長16年」と確定し、同時に文化庁が求める新知見の発見という条件もクリア。市民らの悲願だった国宝指定への道が開けた。

 松江城調査研究委員会はさらに調査を進め、城の構造で2階分の通し柱を多用し、島根県安来市にあった富田城の部材を一部使用していることなども突き止めた。中世から近世に向かう城の特徴を立証し、松江城の歴史的価値をさらに高めた。