関西の議論

松江城執念の軌跡 国宝再指定を決めた「祈祷札」の発見 格下げから65年、ついに悲願達成

 数奇な運命をたどってきた松江城の国宝指定は、まさに官民一体となった悲願だった。藤岡大拙・市民の会会長(82)は「結果的に、市民らの熱意がボディーブローのように効いてきた」と振り返る。

 だが、それだけの署名を集めても、国宝指定を受けるハードルは非常に高かった。というのも、文化庁に署名簿を提出した際、「今後は新しい知見の発見に努めてください」と伝えられたからだ。

 「新しい知見は、いつ発見できるか分からない。『道は遠い』というのが正直な思いで、国宝指定は難しいと思っていた」と藤岡さんは話す。

懸賞金かけて“お宝探し”も新たな難問が…

 一方、市側も重文から国宝に引き上げるためには新しい知見が必要だということは認識していた。22年には市の組織に「松江城国宝化推進室」を立ち上げ、専門家らによる松江城調査研究委員会で松江城の価値についての調査、分析を進めた。

 中でも、市がよりどころとしたのが、昭和12年の調査では存在したと記録に残っている松江城天守創建に関わる2枚の祈祷札。天守が完成したと伝わる「慶長16(1611)年」を裏付ける文言が書かれてあったというが、行方不明になっていた。そこで、市は平成23年4月、市民の協力を得るために懸賞金500万円を掲げて情報提供を呼びかけた。