西論

橋ロス後の大阪 党利党略を前面に先祖返り 遺恨こだわる議員は退場!

橋下徹市長=大阪市議会(清宮真一撮影)
橋下徹市長=大阪市議会(清宮真一撮影)

 あの日から、「祭りの後」のような虚脱感が大阪に漂っている気がしてならない。

 先月17日。大阪市を解体する「大阪都構想」をめぐり市を二分して争われた住民投票は、賛成49・6%に対し反対が50・4%という僅差で、大阪市の存続が決まった。約5年前、大阪維新の会を立ち上げて都構想を「一丁目一番地」の最重要課題として掲げてきた橋下徹大阪市長は、期間中の戦闘的な姿勢を一転させ、晴れ晴れとした表情で敗北直後の会見に登場。「たたき潰すと言って、こちらがたたき潰された」「僕が間違っていたということ」と敗北を認め、さらに「市長の任期はやり遂げるが、政治家はもうやりません」と自らの政治家生命までピリオドを打つと宣言した。

 この数年来、大阪の政治・行政という舞台の中心にいたのは橋下市長だった。類いまれな弁舌で「ふわっとした民意」をつかみ、敵を仕立ててはたたき潰していく。硬直したシステムを変革してくれるという期待の一方で、対立と混乱は積み重なっていった。大阪をバラバラにしたままの退場には、無責任すぎるという思いが強く残る。

 ただ、権力を持つことが目的ではなく、権力を持って目的を遂行することが政治家の使命だとすれば、目的が消滅してしまった瞬間、その政治家の存在価値がなくなるだろう。国、地方問わず散見される、政治家を続けることだけが目的のような政治家への橋下市長流の挑発のようにも見える。

早くも「先祖返り」した?

 都構想を葬り去り、橋下市長をレームダック状態に追い込んだかたちの反対派。自民、共産、民主の地元の国会議員が互いの街宣車に乗って合同街頭演説するなど、国政での対立を横に置いて一枚岩をアピールして悲願を成就させたのだが、そこから動きが停滞しているようにしか見えない。

 それだけでなく、早くも亀裂の兆候さえ垣間見える。先月相次いで開会した大阪市議会、大阪府議会で、ともに議長ポストをめぐって最大会派の維新と第2会派の自民が争うなか、反都構想でタッグを組んでいた公明が一転して「中立」を決め込んだ。

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