産経抄

6月4日

 作家の芥川龍之介は大正10(1921)年、4カ月にわたる中国の旅に出た。当時の新聞から、「世界の謎として最も興味の深い国」の紀行文を依頼されたのだ。「汪洋(おうよう)たる長江」では、水に浮かんだ家屋のような筏(いかだ)に驚いた。米国の砲艦が実弾射撃をする現場にも遭遇している(『長江游記』)。

 ▼昔、学校の地理の授業では、揚子江と習った記憶がある。実は、長江の最下流の一部流域を指すらしい。中国で1日夜、乗客乗員456人が乗った客船が転覆したのは、湖北省と湖南省の省境を流れる中流域だった。

 ▼李克強首相の陣頭指揮のもとで、軍兵士や警官らが懸命な捜索活動を続けている。しかし昨日の段階ではまだ、400人以上の安否が不明だった。芥川は長江の水は、赤褐色の顔料である代赭(たいしゃ)の色だと書いていた。救助活動が難航しているのも、長江の濁った速い流れと、降り続ける雨が原因だという。

 ▼脱出して当局に拘束された船長は、竜巻に襲われたと証言している。ただ、より多くの客を乗せるために船が改造されていた、との報道もある。なにやらセウォル号沈没事故を思い起こす展開になってきた。韓国ではその後、安全意識の希薄な社会を反省するとともに、政府の無為無策に批判の声が強まったものだ。

会員限定記事会員サービス詳細