秘録金正日(26)

病気の叔父押しのけ、長老らを籠絡「次世代に譲るべき」

 無学な抗日パルチザン出身者が多い党中央委員会の中で、若く、意欲的な正日の活躍は際立ってみえた。

 中央委全体会議に提出する事業総括報告書の作成は、政治的な手腕を要する作業だ。通常、党総書記の金日成が草案を作成し、それを基に専門家チームが数カ月前から討議を重ねて完成させていく。

 正日の下で、党5次大会の準備を手伝った申敬完は、「正日は全ての仕事を完璧にこなした。報告書を作成する過程では、専門家から討論内容を聴取して文案を修正、補完した」と振り返る。この大会を契機に正日の党内における立場はより強固になる。正日をそれまで「副部長同志」と呼んでいた幹部らが「指導者同志」と呼ぶようになるのもこの時期だ。

 党大会が終わった後から、大劇場や映画撮影所には「親愛なる指導者同志のお言葉を実践せよ」といったスローガンが張り出されるようになる。朝鮮芸術映画撮影所党委員会は「親愛なる指導者同志」を公式の呼称にすることを満場一致で議決した。

 周囲が次世代の「指導者」と見る雰囲気が形作られる中にあっても、正日は幹部らの心をつかむ努力を惜しむことはなかった。

長老全員の誕生日を記録し盛大に祝う

 申敬完は「(金正日は)幹部の誰それの息子が外国語を学んでいると聞くと、テープレコーダーを贈ったりした」と証言する。

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