ハイ檀です!

能古の三悪

風呂場に現れた10センチ弱のムカデ
風呂場に現れた10センチ弱のムカデ

 博多という大都会を目の前にしての田舎暮らしは、想像以上に快適であると実感している。世の中の流通システムは、年を重ねる毎に進歩している。コミュニケーションの手段もパソコンを用いれば、世界中の方々と顔を突き合わせながらライブで話が出来る時代。72歳という年齢を維持する為の病院も、家を出て30分もかからずに、大きな病院に通院が可能。保険料と同じくらいの金額を会費として収めれば、年間を通してのメディカルケアーをして頂ける。そんなこんなで、現在の暮らしの豊かさは、東京に住まっていた頃よりもはるかに上と言い切れる。

 ただ、身の程知らずというのだろうか、老いということを計算に加えず闇雲(やみくも)に広い畑を維持しようとしている。この行為には多大なエネルギーを必要とするのにも拘(かかわ)らず、体力は日に日に落ちて来ていることを実感。ご近所の方々はと申すと、90歳の老人が背筋をピンと伸ばし、朝は日の出と共に農作業や草刈りに勤しんで居られる。彼等に言わせれば、70歳前半は未だひよっこなのだとか…。我が家にも時折、体力自慢の若者がやって来て、農作業を手伝ってはくれるのだが、要領が掴(つか)めぬからなのだろう、ものの10分程度で音を上げる。そんな輩の面倒を見るだけでも、時間と体力を浪費してしまうから勿体ない。

 まあ、そんな塩梅(あんばい)で自給自足には程遠い暮らしではあるが、主立った野菜の8割程度は夫婦2人の手で賄うことが出来る日々。が、この平和な暮らしの中に、予期せぬ恐怖が出没することがある。東京に暮らしている時には、能古の島の別荘(かつては、父の住まいを別荘と呼び、夏休みや春休みに利用していた)にはマムシがいるから怖い、と女房殿はいささか引き気味であった。ところが実際に引っ越して来てみると、時折シマヘビやアオダイショウの姿を見かけるものの、マムシに遭遇したことは一度もない。しかしである、ちょうど梅雨にさしかかる今頃の季節、深夜ベッドで爆睡中目の下辺りに激痛を覚えた。訳も分からず飛び起きて電気を点(つ)けてみると、何とムカデが枕の上を歩いているではないか。

 余りの痛さに動転しながらも、スリッパでムカデを叩き潰して虫さされの薬を塗布するが痛みは更に激しくなるばかり。と、沈着冷静な女房殿はネットで検索して、ムカデに刺された場合には、耐えうる限りの熱い湯で患部を洗い流し、ステロイド系の軟膏(なんこう)を塗ればよいと調べてくれた。その後、僕は枯れ葉を掃除していて指先を、女房殿は臀部と足の指を刺された。というか、ムカデは刺すのではなく、咬み付いてそこに毒液をかけるらしい。だから、先ずは洗い流すことが絶対条件。その後も、年に最低10匹は家の中にムカデが出没している。今では、ムカデ専用のスプレータイプの殺虫剤を家のあちこちに配備し、出没したら即座に昇天して頂くことにしている。また咬まれても慌てずに60度程度の湯で洗うことを学習、痛みも最小限に留(とど)めている。

 ムカデは、移住生活の想定外のトラブル。イノシシの出現も思いもしなかったし、カラスの大群も然り。ビワが熟れて、収穫しようと思う矢先にカラスの襲来、サツマイモやスイカが実る頃に、イノシシが畑を荒らす。何だか、僅かに残った体力を彼等に捧げているような気がしてならない。カラスにイノシシ、大ムカデ、こいつ等を、能古の三悪と恐れ戦(おのの)いている。

                   ◇

【プロフィル】だん・たろう

 1943年、作家・檀一雄氏の長男として東京に生まれる。CFプロデューサー、エッセイストとして活躍し、「新・檀流クッキング」などの著書多数。妹は女優の檀ふみさん。

会員限定記事会員サービス詳細