スポーツ異聞

テニスの憂鬱 厳罰化するルールと埋没する「個性」

 ラファエル・ナダル(スペイン)もルールに抵触するプレーが時々起き、ロジャー・フェデラー(スイス)も最近、主審への不適切な発言で多額の罰金を科されている。世界のトップ選手といえど、ルールをしっかり順守する優等生では決してなく、「セルフ・コントロール」という課題を抱えている。

ルールにがんじがらめ

 テニスの発祥は英国である。紳士の国で生まれただけに、そのルールは他の球技に比べても厳格かつ細かい。1980年代、世界を席巻した「悪童」ジョン・マッケンロー(米国)のように感情を表に出す攻撃的な選手は、ルールの厳罰化によって淘汰(とうた)されてきた感がある。

 例えば、トイレットブレークやコーチとのやりとりも「警告」の対象になる。選手は試合中、監視されているかのようである。ある著名な選手が「トイレに行く」と主審に告げてコートを一時、離れたが、実は「気分転換のための休憩だった」とのちに明かして、不評をかったというエピソードもある。

 冷静な判断力とフェアプレーの精神で「世界」のトップグループ入りした錦織圭(日清食品)も根拠のない雑音に巻き込まれたことがある。試合中、汗を拭いたタオルをボールボーイに返す際に「愛想がない」などとネット上で批判を浴びた。しかし、試合に集中すれば周囲が見えなくなるのは当然である。ゲーム間のインターバルにも時間的制約(25秒)があり、丁寧な受け応えができなくなることもあるだろう。選手からすれば、プレーと離れた一挙手一投足や表情までチェックされては本末転倒であろう。

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